PTAに入っていない家庭の子へのプレゼント問題と、卒業式のPTA会長挨拶
【書いたもの紹介】
『なぜPTAは卒業式の「コサージュ」で揉めるのか? 泥沼の対立をスパッとなくす“いっそ配らない”選択』2026.03.08 AllAboutニュース
このレターを始めるちょっと前に公開された記事ですが、今回はこれに関連して少々。
PTAに入ってないおうちの子の扱いについては、これまで本当に何度も記事を書いてきましたが、じつは最初から今と同じ考えだったわけではありません。
PTAの取材を始めたばかりの頃、10年くらい前は、記念品などのお金は、PTA会費とは別で集めればいいと思っていました。当時は「PTAをやめたいと伝えたけれど、認められなかった」なんて話を聞くことが多く、PTAは「やめられれば御の字」みたいな感じだったので、いまのように「入ってないおうちの子にも配るのが当然」と言える雰囲気ではなかったのです。
別会計、あんまりよくない? と気付かせてもらったのは、学校事務職員・柳澤靖明さんへの取材がきっかけでした。別会計で集めるのでは、保護者負担金が減りません。「コサージュ代は公費で用意するのが一番」という柳澤さんの指摘は、私にとって大変目からウロコでした。たしかにそれがいい! 思いもつかなかった。
(↑ 柳澤さんと福嶋尚子さんの共著『隠れ教育費』、有名ですね)
とはいえ、我々が「公費で出してくれ」といって、すぐ出してもらえるものでもありません。「やっぱり、PTAに入らない人が実費を払うのが、現実的な落としどころでは…」なんてことも思っていたのですが。
いや、そうじゃない。本来のPTAというか、PTAの法的な位置付け(任意加入であり、且つ学校という公的な場で活動)を考えたら、実費を払うのはやっぱりおかしい。という今の考えに至ったのは、PTA非会員先駆者(?)のひとり、Dee-Deeさんのお話を聞いてからです。
Dee-DeeさんがPTAを退会したのは2014年。彼女も一度は「実費払いは仕方がない」と受け入れたそうなのですが(最初は「記念品あげません」と言われていたのです)、どうしても違和感を拭えず。「実費を払えばいい」という考え自体、任意という前提と矛盾するからです。
この話、詳しくは拙著『さよなら、理不尽PTA! 強制をやめる PTA改革の手引き』に書いています。彼女の話、すごい説得力なのですよ。
ただまあやっぱり、現実にはまだ揉めるんですよね。いくら「PTAは本来こういう団体なので」と説明しても、そもそもコサージュや記念品の配布が「全員加入」を前提に始まった活動なので、「え、なんで実費払わない人にまで配るの」と思う人も出てくるのは、免れないところがあります。
つまり、全員加入前提の仕組みが残ったままだから、対立が生まれるわけで。
じゃあもう、記念品の配布自体をやめてもいいんじゃないですかと。仕組みから変えて、対立のタネから片付けちゃっておきませんか、ということで書いたのが、今回の記事だったのでした。やっとたどり着きましたよ。
まあしかしほんとに、このテーマ、いつまで燃え続けるんでしょうか。
最近、このテーマのネット記事、ときどき見かけますね。「ズルい」とか「許せない」とか「非常識」とか、薄暗い感情を煽るタイトルのやつ。ふう。
そういう感情が生まれない仕組みにするほうが、ずっといいと思うのですけれどね。
【気になったポスト「卒業式のPTA会長の挨拶」】
今週はTwitter(X)で、「卒業式のPTA会長の挨拶」が話題になりましたね。もやっとしている方が多い気がするので、ちょっと取り上げてみます。
あまりちゃんとポストを追えていませんが、もともとはどうやら、お着物を着て卒業式でスピーチをしたどこかのPTA会長さんのポストに対して、「PTA会長が卒業式で挨拶すべきではない」という批判が集まった、ということのようです。
最初、まずびっくりしました。挨拶すべきでないのか、という論点とはズレるのですが、「最近は卒業式でPTA会長が挨拶をしないところが多い」ということを知って、驚いたのです。PTAの取材はけっこうしているほうだと思うのですが、「卒業式の挨拶」に絞って話を聞く機会は特にないもので、把握できていませんでした。
一体いつからそうなったのか? 考えられるのはやっぱりコロナ禍ですかね。あれを機に「来賓の挨拶」がなくなったところは多かったと思うのですが、おそらくそのとき「PTA会長の挨拶」もセットでなくなった学校・地域も多かったのでしょうか。
私が小中のPTAで卒業式を経験したのはコロナより前だったので、会長の挨拶はもちろん、来賓の挨拶もあったし、私のいたPTAではさらに「6年の学年長の挨拶」(お着物を着るのがお約束)までありました。なので、「来賓挨拶と学年長挨拶は要らないのでは」とは思いましたが(体育館が猛烈に寒いのに式が長すぎたのです)、「PTA会長の挨拶も要らないのでは」までは特に考えませんでした。
実際、「6年学年長の挨拶」は私が学年長になってからなくしたのですが、それは別に「挨拶すべきでない」と思ったからではありません。その挨拶があるせいで、学年長になる人が毎年なかなか決まらず、ほかのお母さんたちから「大塚さん、あれなくしちゃいなよ」とプッシュされ、校長先生からも「あれ要らないよ」と言われたからです。

PTA会長の挨拶については、正直「やるべき」とも「やるべきでない」とも思わないのですが、でももし校長先生が挨拶するなら、保護者も誰か代表で挨拶していい気もします(もちろんPTA会長じゃなくてもいいんですが)。それとも、保護者代表は挨拶すべきでないけど、校長は挨拶すべきなのか? え、もしや、校長先生の挨拶も既になくなっている?
こういう式みたいなものって、何も正解がないですよね。それを「こうすべき」「すべきでない」と言うのはすごく難しいことで、その学校ごとにどうするか決めるしかないのでは。なんなら「卒業式自体、やるべきか?」というところから話し合ってもいいのです。
ところで、いま書いていて気付いたのですが、私がなくしたアレは、本当は「6年学年長の挨拶」じゃなくて、もともとは卒対代表の挨拶、つまり「卒業生保護者代表の挨拶」だったのかもしれません。6年学年長は卒対代表を兼務する「決まり」だったので、どこかで混じっちゃったのかも。
そう考えると、別にPTA会長の挨拶をやめて、学年長(卒対代表)の挨拶を残したってよかったんでしょうね。引き受ける人がいるなら、の話ですが。
もとの話題からはだいぶ遠くに来てしまいました。けっこういろんな論点を含むテーマですよね。
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