PTAに入っていない家庭の子へのプレゼント問題と、卒業式のPTA会長挨拶

卒業式のときなど、PTAに入らないおうちの子にモノを配るかどうかをめぐって起きる対立について、最近の記事の補足として、私自身の考えの変化を書きました。後半は、SNSで話題になっていた「PTA会長の挨拶」のことも、少々。
大塚玲子 2026.03.29
誰でも

【書いたもの紹介】

このレターを始めるちょっと前に公開された記事ですが、今回はこれに関連して少々。

PTAに入ってないおうちの子の扱いについては、これまで本当に何度も記事を書いてきましたが、じつは最初から今と同じ考えだったわけではありません。

PTAの取材を始めたばかりの頃、10年くらい前は、記念品などのお金は、PTA会費とは別で集めればいいと思っていました。当時は「PTAをやめたいと伝えたけれど、認められなかった」なんて話を聞くことが多く、PTAは「やめられれば御の字」みたいな感じだったので、いまのように「入ってないおうちの子にも配るのが当然」と言える雰囲気ではなかったのです。

別会計、あんまりよくない? と気付かせてもらったのは、学校事務職員・柳澤靖明さんへの取材がきっかけでした。別会計で集めるのでは、保護者負担金が減りません。「コサージュ代は公費で用意するのが一番」という柳澤さんの指摘は、私にとって大変目からウロコでした。たしかにそれがいい! 思いもつかなかった。

(↑ 柳澤さんと福嶋尚子さんの共著『隠れ教育費』、有名ですね)

とはいえ、我々が「公費で出してくれ」といって、すぐ出してもらえるものでもありません。「やっぱり、PTAに入らない人が実費を払うのが、現実的な落としどころでは…」なんてことも思っていたのですが。

いや、そうじゃない。本来のPTAというか、PTAの法的な位置付け(任意加入であり、且つ学校という公的な場で活動)を考えたら、実費を払うのはやっぱりおかしい。という今の考えに至ったのは、PTA非会員先駆者(?)のひとり、Dee-Deeさんのお話を聞いてからです。

Dee-DeeさんがPTAを退会したのは2014年。彼女も一度は「実費払いは仕方がない」と受け入れたそうなのですが(最初は「記念品あげません」と言われていたのです)、どうしても違和感を拭えず。「実費を払えばいい」という考え自体、任意という前提と矛盾するからです。

この話、詳しくは拙著『さよなら、理不尽PTA! 強制をやめる PTA改革の手引き』に書いています。彼女の話、すごい説得力なのですよ。

ただまあやっぱり、現実にはまだ揉めるんですよね。いくら「PTAは本来こういう団体なので」と説明しても、そもそもコサージュや記念品の配布が「全員加入」を前提に始まった活動なので、「え、なんで実費払わない人にまで配るの」と思う人も出てくるのは、免れないところがあります。

つまり、全員加入前提の仕組みが残ったままだから、対立が生まれるわけで。

じゃあもう、記念品の配布自体をやめてもいいんじゃないですかと。仕組みから変えて、対立のタネから片付けちゃっておきませんか、ということで書いたのが、今回の記事だったのでした。やっとたどり着きましたよ。

まあしかしほんとに、このテーマ、いつまで燃え続けるんでしょうか。

最近、このテーマのネット記事、ときどき見かけますね。「ズルい」とか「許せない」とか「非常識」とか、薄暗い感情を煽るタイトルのやつ。ふう。

そういう感情が生まれない仕組みにするほうが、ずっといいと思うのですけれどね。

***

【気になったポスト「卒業式のPTA会長の挨拶」】

今週はTwitter(X)で、「卒業式のPTA会長の挨拶」が話題になりましたね。もやっとしている方が多い気がするので、ちょっと取り上げてみます。

あまりちゃんとポストを追えていませんが、もともとはどうやら、お着物を着て卒業式でスピーチをしたどこかのPTA会長さんのポストに対して、「PTA会長が卒業式で挨拶すべきではない」という批判が集まった、ということのようです。

最初、まずびっくりしました。挨拶すべきでないのか、という論点とはズレるのですが、「最近は卒業式でPTA会長が挨拶をしないところが多い」ということを知って、驚いたのです。PTAの取材はけっこうしているほうだと思うのですが、「卒業式の挨拶」に絞って話を聞く機会は特にないもので、把握できていませんでした。

一体いつからそうなったのか? 考えられるのはやっぱりコロナ禍ですかね。あれを機に「来賓の挨拶」がなくなったところは多かったと思うのですが、おそらくそのとき「PTA会長の挨拶」もセットでなくなった学校・地域も多かったのでしょうか。

私が小中のPTAで卒業式を経験したのはコロナより前だったので、会長の挨拶はもちろん、来賓の挨拶もあったし、私のいたPTAではさらに「6年の学年長の挨拶」(お着物を着るのがお約束)までありました。なので、「来賓挨拶と学年長挨拶は要らないのでは」とは思いましたが(体育館が猛烈に寒いのに式が長すぎたのです)、「PTA会長の挨拶も要らないのでは」までは特に考えませんでした。

実際、「6年学年長の挨拶」は私が学年長になってからなくしたのですが、それは別に「挨拶すべきでない」と思ったからではありません。その挨拶があるせいで、学年長になる人が毎年なかなか決まらず、ほかのお母さんたちから「大塚さん、あれなくしちゃいなよ」とプッシュされ、校長先生からも「あれ要らないよ」と言われたからです。

大塚玲子◾️『大塚さんレター』はじめました
@ohjimsho
追えてないから元ネタよくわからないのですが、話題の卒業式挨拶。昔自分とこのPTAは会長のほか学年長挨拶まであった。たぶん学校と対等な保護者の立場のアピール、みたいな意図もあったのかなと。ただそのせいで毎年学年長決まらなかったし、校長先生もやめてけれと言ってたので、なくした。
2026/03/23 23:18
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PTA会長の挨拶については、正直「やるべき」とも「やるべきでない」とも思わないのですが、でももし校長先生が挨拶するなら、保護者も誰か代表で挨拶していい気もします(もちろんPTA会長じゃなくてもいいんですが)。それとも、保護者代表は挨拶すべきでないけど、校長は挨拶すべきなのか? え、もしや、校長先生の挨拶も既になくなっている?

こういう式みたいなものって、何も正解がないですよね。それを「こうすべき」「すべきでない」と言うのはすごく難しいことで、その学校ごとにどうするか決めるしかないのでは。なんなら「卒業式自体、やるべきか?」というところから話し合ってもいいのです。

ところで、いま書いていて気付いたのですが、私がなくしたアレは、本当は「6年学年長の挨拶」じゃなくて、もともとは卒対代表の挨拶、つまり「卒業生保護者代表の挨拶」だったのかもしれません。6年学年長は卒対代表を兼務する「決まり」だったので、どこかで混じっちゃったのかも。

そう考えると、別にPTA会長の挨拶をやめて、学年長(卒対代表)の挨拶を残したってよかったんでしょうね。引き受ける人がいるなら、の話ですが。

もとの話題からはだいぶ遠くに来てしまいました。けっこういろんな論点を含むテーマですよね。

***

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